2011年12月30日
20 years after
2011年は、1991年にハーベストファームをはじめて20年目という節目の年だった。特に公言はしてなかったけど。20年目の最後を、今夜のゴンチチのお二人のライブで締めくくることができることを、とても嬉しく思う。
ライブのブッキングみたいなことを始めたきっかけは、ライターとしてもてあました時間を好きな音楽に費やすということにあった。1991年5月、フォークシンガーの大塚まさじさんが最初だった。それがいつの間にかこんなことに…。
この20年で本数的には1000本近くになるのかな。基本「Don't Look Back」なのだが、20年目のオマケに、その中でも印象的な場面を3つだけ書き留めておきたい。
続きます。
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ライブのブッキングみたいなことを始めたきっかけは、ライターとしてもてあました時間を好きな音楽に費やすということにあった。1991年5月、フォークシンガーの大塚まさじさんが最初だった。それがいつの間にかこんなことに…。
この20年で本数的には1000本近くになるのかな。基本「Don't Look Back」なのだが、20年目のオマケに、その中でも印象的な場面を3つだけ書き留めておきたい。
続きます。
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2011年11月30日
Yuka Takara Broadway Night 2011に向けて。
高良結香がニューヨーク・ブロードウェイの舞台に立って、今年で10年になる。大学を後に、ニューヨークに単身乗り込んで、ショービズの世界で様々な戦いをしていく中で、双六のコマを一つずつ進めるように、その夢をリアルなものにしていった。

Flower Drum Song
ブロードウェイでの最初のステージはABBAのヒット曲を連ねてハリウッドでも映画化された『Mamma Mia』。このオープニングの直前に「9.11」のNY同時多発テロに遭遇する。ミッドタウンのアパートメントで、「今日死ぬかもしれない」と感じた彼女は、自分の心のおもむくまま、音楽を紡いで表現する道を歩き始めることを決意した。『Flower Drum Song』、『Pacific Overture(太平洋序曲)』『A Chorus Line』、『RENT』、etc。この10年の間に数々のブロードウェイの作品で役を勝ち取るかたわら、沖縄発信で音楽活動も行ってきたのは、とても自然な流れだったのだ。

「Flower Drum Song」Back Stage
『Broadway Night』は、彼女がブロードウェイで紡いで来た様々のエッセンスを、ホームタウンである沖縄に持ち帰って、新しい世代に伝え、体感してもらうとても大切な場だ。ワークショップでそのスピリットとノウハウを直接伝えて、現役バリバリのブロードウェイのアクター/シンガーと同じ舞台に立つ。おそらく、余所では体験することのできないコンサートだ。

2005年 New York Times

『RENT』、主演のアンソニー・ラップと
今年の『Brodaway Night』は、12月3日(土)に沖縄コンベンション劇場で行なう。今年も、エイズ/HIV患者のチャリティということで、VISAの取得に悪戦苦闘しつつ、遠いアメリカから海を越えてオキナワまで飛んできてくれる。Alvin Ing、Toby Blackwell、Andy Senor(Andyは来年の日本版『RENT』の演出家なんだって!スゲエ、いつの間に!)、Trisha Jeffrey、Justin Johnston。彼らには最大級の感謝とリスペクトを贈りたい!

『A Chorus Line』back stage
さらに今回は、演出と振り付けに、やはりブロードウェイで現役で活躍するRobert Tatadを迎える。彼のアイデアを盛り込みながら、高良結香のブロードウェイ10周年ということで、ショーの中に『My Broadway Decade』のセクションを設けた。ここではDecade(10年間)を俯瞰するように、1時間近くブロードウェイの名曲の数々をを立て続けに歌い継いでいく。セットリストを眺めただけでも、マジ圧巻だ!

2008年12月「K-1 world GP final@横浜アリーナ」
それを支えるバンドが、沖縄で生まれたelement of the moment(エレモ)を中心とするメンバーというのも素晴しい。中村亮(Drum)、小波本正(Sax)、林祐次(Piano)、ガンジー(Bass)、和田充弘(Trombone)、熊木敏郎(Guitar)。彼らの演奏はブロードウェイのシンガーたちからも絶賛されている。桜坂の小さなバーで明け方まで演奏している音楽好きのバンドマンが、世界も認めるシンガーたちからも絶賛されるというのは、かなり痛快な話だと思う。

element of the moment
高良の後輩でもある、tomoやnatuki、ayana、maikoをはじめとするダンサーズやワークショップを通じてその技術を積み上げてきた“キッズ”たちも沖縄や東京から30人近くが参加する。
こうした中から、実際にアメリカでミュージカルに挑戦するという若いウチナーンチュが出てきているという嬉しい事実も付け加えておきたい。

Dance Workshop in Tokyo
何はともあれ、熱狂の本番まであと3日。アメリカチームはいよいよ明日の夜に沖縄入りする。
Yuka Takara Broadway Night 2011「My Broadway Decade」
詳細はコチラ→http://yukatakara.ti-da.net/e3201123.html

Flower Drum Song
ブロードウェイでの最初のステージはABBAのヒット曲を連ねてハリウッドでも映画化された『Mamma Mia』。このオープニングの直前に「9.11」のNY同時多発テロに遭遇する。ミッドタウンのアパートメントで、「今日死ぬかもしれない」と感じた彼女は、自分の心のおもむくまま、音楽を紡いで表現する道を歩き始めることを決意した。『Flower Drum Song』、『Pacific Overture(太平洋序曲)』『A Chorus Line』、『RENT』、etc。この10年の間に数々のブロードウェイの作品で役を勝ち取るかたわら、沖縄発信で音楽活動も行ってきたのは、とても自然な流れだったのだ。

「Flower Drum Song」Back Stage
『Broadway Night』は、彼女がブロードウェイで紡いで来た様々のエッセンスを、ホームタウンである沖縄に持ち帰って、新しい世代に伝え、体感してもらうとても大切な場だ。ワークショップでそのスピリットとノウハウを直接伝えて、現役バリバリのブロードウェイのアクター/シンガーと同じ舞台に立つ。おそらく、余所では体験することのできないコンサートだ。

2005年 New York Times

『RENT』、主演のアンソニー・ラップと
今年の『Brodaway Night』は、12月3日(土)に沖縄コンベンション劇場で行なう。今年も、エイズ/HIV患者のチャリティということで、VISAの取得に悪戦苦闘しつつ、遠いアメリカから海を越えてオキナワまで飛んできてくれる。Alvin Ing、Toby Blackwell、Andy Senor(Andyは来年の日本版『RENT』の演出家なんだって!スゲエ、いつの間に!)、Trisha Jeffrey、Justin Johnston。彼らには最大級の感謝とリスペクトを贈りたい!

『A Chorus Line』back stage
さらに今回は、演出と振り付けに、やはりブロードウェイで現役で活躍するRobert Tatadを迎える。彼のアイデアを盛り込みながら、高良結香のブロードウェイ10周年ということで、ショーの中に『My Broadway Decade』のセクションを設けた。ここではDecade(10年間)を俯瞰するように、1時間近くブロードウェイの名曲の数々をを立て続けに歌い継いでいく。セットリストを眺めただけでも、マジ圧巻だ!

2008年12月「K-1 world GP final@横浜アリーナ」
それを支えるバンドが、沖縄で生まれたelement of the moment(エレモ)を中心とするメンバーというのも素晴しい。中村亮(Drum)、小波本正(Sax)、林祐次(Piano)、ガンジー(Bass)、和田充弘(Trombone)、熊木敏郎(Guitar)。彼らの演奏はブロードウェイのシンガーたちからも絶賛されている。桜坂の小さなバーで明け方まで演奏している音楽好きのバンドマンが、世界も認めるシンガーたちからも絶賛されるというのは、かなり痛快な話だと思う。

element of the moment
高良の後輩でもある、tomoやnatuki、ayana、maikoをはじめとするダンサーズやワークショップを通じてその技術を積み上げてきた“キッズ”たちも沖縄や東京から30人近くが参加する。
こうした中から、実際にアメリカでミュージカルに挑戦するという若いウチナーンチュが出てきているという嬉しい事実も付け加えておきたい。

Dance Workshop in Tokyo
何はともあれ、熱狂の本番まであと3日。アメリカチームはいよいよ明日の夜に沖縄入りする。
Yuka Takara Broadway Night 2011「My Broadway Decade」
詳細はコチラ→http://yukatakara.ti-da.net/e3201123.html
2011年10月24日
MAGICAL CHAIN
ウルフルケイスケ&リクオ「MAGICAL CHAIN CARAVAN vol.2」の2日間が終わった。リクオさんが沖縄にやってくると連日深夜まで飲み屋を徘徊することになる。とはいえ翌日の仕事もあるので、睡眠時間とかアルコールの分解速度とかを酔ったアタマで考える。今夜は、居酒屋HUB→smoke→別館というコース。スタートが23時半で3時半強制終了…。

2011/10/22@さんご座キッチン(桜坂劇場)
2日間のライブは、熱かった! ロックでソウルフル。2人ともスターで華があるし、徹底してエンターテインメントしてくれる。足を運んでくれた方には相当に満足していただいたのではないだろうか。
リクオさんと最初に会ったのは、いつだっけか…。初来沖の時の雑誌のインタビューだった。その後、山口洋さんや宮城県白石市のカフェミルトンつながりの中で、沖縄でのライブをブッキングさせてもらうようになった。
ウルフルケイスケさんとは実は3度目。最初は10年以上前、ウルフルズのインタビューの時。その時は沖縄から熊本まで出かけて、ホールの楽屋で話を聞いたのだった。2度目のときは、とても印象に残っている。今回、ケイスケさんとその時の話をしたら、私以上に覚えていてくれた…。
2002年7月13日、遠藤ミチロウさんと中村達也さんのtouch-meと三宅伸治さんのジョイントツアーを沖縄でブッキングしていて、その日は宜野湾のK-mindでのライブだった。(今考えるとかなりすごいブッキングだな…)翌日のライブのために沖縄に前乗りしていたウルフルケイスケさんとキーボードの伊東ミキオさん、ウルフルズのベースのサポートの方が参加して、即席のバンドで演奏をすることになったのだ。さらにドラムに中村達也さんまで参加した。で、三宅さんがつけたバンド名は「キャンディー・ブルース・ハーツ・クラブ・ハリケーン・バンド」。最後にはミチロウさんが加わって、ハンドマイクで「仰げば尊し」で、まさに熱狂的に締めくくった。
さらにオマケがあって、「末期ガン」だと話す若い女性が本番終わりで気を失って救急車を呼ぶ大騒ぎに。結局、何ごともなかったんだけど、目の前でめまぐるしく起こるあれやこれやが、なんだかテレビドラマみたいで、とても不思議な気分になったことを記憶している。おそらくこの20年の間にオーガナイズして来た印象に残るライブをあげると、トップ5には入る、そんなライブだった。
そんな古い出来事をケイスケさんも覚えてくれていて、とても嬉しかった。“MAGICAL CHAIN”は9年の時を経てそんな風につながったわけだ。

小池さん、いつもありがとうございます!
2011/10/22@さんご座キッチン(桜坂劇場)
2日間のライブは、熱かった! ロックでソウルフル。2人ともスターで華があるし、徹底してエンターテインメントしてくれる。足を運んでくれた方には相当に満足していただいたのではないだろうか。
リクオさんと最初に会ったのは、いつだっけか…。初来沖の時の雑誌のインタビューだった。その後、山口洋さんや宮城県白石市のカフェミルトンつながりの中で、沖縄でのライブをブッキングさせてもらうようになった。
ウルフルケイスケさんとは実は3度目。最初は10年以上前、ウルフルズのインタビューの時。その時は沖縄から熊本まで出かけて、ホールの楽屋で話を聞いたのだった。2度目のときは、とても印象に残っている。今回、ケイスケさんとその時の話をしたら、私以上に覚えていてくれた…。
2002年7月13日、遠藤ミチロウさんと中村達也さんのtouch-meと三宅伸治さんのジョイントツアーを沖縄でブッキングしていて、その日は宜野湾のK-mindでのライブだった。(今考えるとかなりすごいブッキングだな…)翌日のライブのために沖縄に前乗りしていたウルフルケイスケさんとキーボードの伊東ミキオさん、ウルフルズのベースのサポートの方が参加して、即席のバンドで演奏をすることになったのだ。さらにドラムに中村達也さんまで参加した。で、三宅さんがつけたバンド名は「キャンディー・ブルース・ハーツ・クラブ・ハリケーン・バンド」。最後にはミチロウさんが加わって、ハンドマイクで「仰げば尊し」で、まさに熱狂的に締めくくった。
さらにオマケがあって、「末期ガン」だと話す若い女性が本番終わりで気を失って救急車を呼ぶ大騒ぎに。結局、何ごともなかったんだけど、目の前でめまぐるしく起こるあれやこれやが、なんだかテレビドラマみたいで、とても不思議な気分になったことを記憶している。おそらくこの20年の間にオーガナイズして来た印象に残るライブをあげると、トップ5には入る、そんなライブだった。
そんな古い出来事をケイスケさんも覚えてくれていて、とても嬉しかった。“MAGICAL CHAIN”は9年の時を経てそんな風につながったわけだ。
小池さん、いつもありがとうございます!
2011年09月06日
「大丈夫〜明日へ」、そして「カフェミルトンへのサウダージ」。
先日、jimamaさんと桜坂劇場の共同の取組として開催してきた東日本大震災支援チャリティ・コンサートの3回目の公演が終わった。3回目の公演には、jimamaさんのほかに玉城千春さん(Kiroro)、木下航志さんが出演した。
震災が起きた後、かなり早い時期にチャリティのことを考えた。昨年ハイチの大地震の後、高良結香や下地勇さんの事務所の大城貴弘さん、そして多くのミュージシャンやスタッフの協力を得て行なったチャリティ・コンサート(Okinawa for Haiti)のことが頭をよぎったのだ。
jimamaのプロデューサーの森さんと、少しでも継続的な動きとして何かできないかと話をする中で、このチャリティ公演のシリーズが持ち上がったのだ。
3回目の集計はまだだが、1回目と2回目の公演の収益から日本赤十字社を通じて被災地へ送った義援金は30万円を越えた。金額は些少かもしれないが、出演者もお客さんも劇場も、無理のないところで、集めることのできたお金である。このライブシリーズは一区切りだが、また来年の春に再開できればと考えている。
jimamaさんとのチャリティとは別の流れの中で、ピンポイントで東日本大震災の被災地にある馴染みの店に向けた公演を行なう。
宮城県白石市にある「カフェ・ミルトン」。ミルトン・ナシメントというブラジル人アーティストの名前が冠されたこの店は、もともとは音楽好きの三浦さんご夫妻が、ブラジル料理を中心にした料理を出すカフェ・レストランとしてオープンした。そのうち少しずつライブが行われるようになり、今では毎月多くのアーティストがここを目指してやってくる。沖縄のアーティストも例外ではなく、新良幸人、下地勇、大島保克、古謝美佐子…、多くのライブが行われている。HEATWAVEの山口洋さん曰く“音楽の神様”が棲む店。
私がその名前を最初に知ったのは、ショーロクラブの笹子重治さんの紹介だった。店の10周年を記念して、アーティストが参加して『カフェ・ミルトンへのサウダージ』というタイトルのコンピレーションアルバムがリリースされたのだ。サンプルをもらって、沖縄タイムスにそのレビューの原稿を書かせてもらった。そのことが縁で距離が近づいた。これまでに、白石の店を3回訪ね、『カフェミルトンへのサウダージ』というイベントを3度、桜坂劇場で行なった。
そして、今年の震災でカフェミルトンと周辺の町もかなりの大きな被害を受けた。それに続く福島第一原発の事故…。“ミルトン”から原発までの距離は直線で80kmしかない。
遠い沖縄で、「カフェ・ミルトン」のことを知る人は多くない。でも、SAKISHIMA meetingのお二人新良幸人さん、下地勇さん、マネージャーの大城貴弘さんと話をする中で、4度目の『カフェミルトンへのサウダージ』を行なうことになった。出演は、SAKISHIMA meeting(新良幸人+下地勇)。今回は、白石から足を運ぶ人は(おそらく)いないが、桜坂から白石のカフェ・ミルトンに向けて、ライブをu-streamで中継する。どれだけのものをとどけられるのかはわからないが、想いの小さな欠片みたいなものは届けられるかもしれない。
被災地が復興へ向けた一歩を踏み出す今、わずかかもしれないが、音楽は多くの人の力になるはずだ。「音楽はライフラインの一つ」、この時期だからこそ実感してもらえると期待したい。
■「カフェミルトンへのサウダージ」那覇桜坂篇
出演/SAKISHIMA meeting(新良幸人+下地勇)
※当日はu-streamで中継を行ないます。
2011年9月13日(火)
桜坂劇場ホールB
開場19:30 開演20:00
前売2500円 当日3000円
※入場時別途300円の1ドリンクオーダーが必要
問・電話予約=桜坂劇場
098-860-9555
震災が起きた後、かなり早い時期にチャリティのことを考えた。昨年ハイチの大地震の後、高良結香や下地勇さんの事務所の大城貴弘さん、そして多くのミュージシャンやスタッフの協力を得て行なったチャリティ・コンサート(Okinawa for Haiti)のことが頭をよぎったのだ。
jimamaのプロデューサーの森さんと、少しでも継続的な動きとして何かできないかと話をする中で、このチャリティ公演のシリーズが持ち上がったのだ。
3回目の集計はまだだが、1回目と2回目の公演の収益から日本赤十字社を通じて被災地へ送った義援金は30万円を越えた。金額は些少かもしれないが、出演者もお客さんも劇場も、無理のないところで、集めることのできたお金である。このライブシリーズは一区切りだが、また来年の春に再開できればと考えている。
jimamaさんとのチャリティとは別の流れの中で、ピンポイントで東日本大震災の被災地にある馴染みの店に向けた公演を行なう。
宮城県白石市にある「カフェ・ミルトン」。ミルトン・ナシメントというブラジル人アーティストの名前が冠されたこの店は、もともとは音楽好きの三浦さんご夫妻が、ブラジル料理を中心にした料理を出すカフェ・レストランとしてオープンした。そのうち少しずつライブが行われるようになり、今では毎月多くのアーティストがここを目指してやってくる。沖縄のアーティストも例外ではなく、新良幸人、下地勇、大島保克、古謝美佐子…、多くのライブが行われている。HEATWAVEの山口洋さん曰く“音楽の神様”が棲む店。
私がその名前を最初に知ったのは、ショーロクラブの笹子重治さんの紹介だった。店の10周年を記念して、アーティストが参加して『カフェ・ミルトンへのサウダージ』というタイトルのコンピレーションアルバムがリリースされたのだ。サンプルをもらって、沖縄タイムスにそのレビューの原稿を書かせてもらった。そのことが縁で距離が近づいた。これまでに、白石の店を3回訪ね、『カフェミルトンへのサウダージ』というイベントを3度、桜坂劇場で行なった。
そして、今年の震災でカフェミルトンと周辺の町もかなりの大きな被害を受けた。それに続く福島第一原発の事故…。“ミルトン”から原発までの距離は直線で80kmしかない。
遠い沖縄で、「カフェ・ミルトン」のことを知る人は多くない。でも、SAKISHIMA meetingのお二人新良幸人さん、下地勇さん、マネージャーの大城貴弘さんと話をする中で、4度目の『カフェミルトンへのサウダージ』を行なうことになった。出演は、SAKISHIMA meeting(新良幸人+下地勇)。今回は、白石から足を運ぶ人は(おそらく)いないが、桜坂から白石のカフェ・ミルトンに向けて、ライブをu-streamで中継する。どれだけのものをとどけられるのかはわからないが、想いの小さな欠片みたいなものは届けられるかもしれない。
被災地が復興へ向けた一歩を踏み出す今、わずかかもしれないが、音楽は多くの人の力になるはずだ。「音楽はライフラインの一つ」、この時期だからこそ実感してもらえると期待したい。
■「カフェミルトンへのサウダージ」那覇桜坂篇
出演/SAKISHIMA meeting(新良幸人+下地勇)
※当日はu-streamで中継を行ないます。
2011年9月13日(火)
桜坂劇場ホールB
開場19:30 開演20:00
前売2500円 当日3000円
※入場時別途300円の1ドリンクオーダーが必要
問・電話予約=桜坂劇場
098-860-9555
2011年07月12日
音楽を通して向き合うこと。
6月後半から続いてきたライブシリーズも、今週金曜日のjimamaさんのチャリティライブで一段落だ。
それにしても、この半月ほどの間に会ったアーティストたちは、それぞれに深く震災とその後のさまざまな問題と向き合っていて、関心させられたり、考えさせられたり、いろんな複雑な感情が入り乱れていた。
遠藤ミチロウさん。彼の故郷は福島第一原子力発電所がある福島。今後、おそらく何世代にもわたって、様々な問題とつき合っていかなければならない。それは例えば、ウチナーンチュにとっての沖縄戦の記憶のように、常に心のどこかに澱のようにへばりついて離れないものだ。私たちにも絶対に無関係ではない。
ミチロウさんは、故郷を想い、音楽家の大友良英さんや詩人の和合亮一さんと「プロジェクトFUKUSHIMA!」という、どこまで続くのかしれないプロジェクトを立ち上げた。世界同時多発のフェスティバルを開催し、学びの場を設け、それをダイレクトに発信していくものだ。そのとっかかりとして8月15日に、大規模な野外イベントが福島で行われる。ホームページには、会場予定地の放射線量測定の数値が定期的に公開されていて、被ばく量を積算、考慮した上で参加の判断をするようにと最後に記されている。
6月の終わり、ミチロウさんと話をしたとき「関心をもってもらうことが一番」ということだった。同時に「忘れられるのが怖い」とも。様々な場面で戦争のことが語られるとき、どこかで過去のこととして目や耳を背けてきた部分があったかもしれない。でも私たちが生きるリアルワールドで起こった今回の災害/事故に目や耳を塞ぐわけにはいかないのだ。新しい世代にいろいろなものをバトンタッチしていくためにもね。
普段、沖縄へのツアーではどこかのんびりした様子もうかがえるミチロウさんが、今回ばかりは実にいそがしく携帯でメールのやりとりをしているのが印象的だった。
続いてやってきた、HEATWAVEの山口洋さんは、目に見えない疲れを身にまとっているように見えた。(相変わらずの感じではあるんだけど…)彼もまた震災や原発の事故と、がっぷり四つに正面から向き合っている。自身のバンドHEATWAVEは、フランスのファッションブランドChloe red(クロエ・レッド)のタイアップで被災地を支援するために「MY LIFE IS MY MESSAGE」というプロジェクトを展開している。チャリティライブの収益や、オフィシャルグッズの売上を被災地に届けている。相馬市の森田さん(モリタミュージック)にラジカセを届けたり、ガイガーカウンターを手に入れたり、ここ数ヶ月の山口さんのブログをみると、そのフントーぶりはあまりに凄まじい。少々、疲れていたってしょうがないのだ。
彼は、アンコール最後の曲に『満月の夕』を選んでくれた。(福岡の先輩方に「この曲ば全国で歌わんば、博多湾に沈める」と言われたそうです)1995年、阪神淡路大震災をきっかけに作られたこの曲に救われた人が、どれだけいるだろう。東日本の被災地に新たな活力や勇気を届ける音楽が、届くことを願う。
7/10に桜坂劇場で公演を行った、畠山美由紀さんは、津波で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市の出身だ。彼女の家族は震災から約1週間連絡がとれなかったそうだ。その消息を尋ねるつぶやきがリアルタイムでtwitterに書き込まれていたので、無事に見つかったと知った時は嬉しかった。そして彼女もまた、気仙沼出身者として自らチャリティイベントを開催している。
ライブの終盤、跡形もなくなった故郷に胸を痛めて書かれた詩「わが美しき故郷よ」の朗読とそれに続いて歌われた「ふるさと」は、どこか心の深い場所を揺さぶられるような気分がして、いつしか自分の故郷の風景と想いを重ねていた。
音楽と人がつなぐ、震災被災地と原発事故の現場。忘れないために、常に見続けるために、音楽とそれを紡ぐ人の力は、これからさらに重要になると確信している。
■「プロジェクトFUKUSHIMA!」http://www.pj-fukushima.jp/index.html
■「MY LIFE IS MY MESSAGE」http://mylifeismymessage.info/
p.s.
そういえば、この3人(組)は、沖縄本島だけでなく、石垣島まで足を伸ばしてライブをやってくれたんだった。遠い南の島で、エネルギーをしっかりとチャージできたみたいで、とても嬉しいっす。http://no-regrets.jp/wordpress/?p=2184
それにしても、この半月ほどの間に会ったアーティストたちは、それぞれに深く震災とその後のさまざまな問題と向き合っていて、関心させられたり、考えさせられたり、いろんな複雑な感情が入り乱れていた。
遠藤ミチロウさん。彼の故郷は福島第一原子力発電所がある福島。今後、おそらく何世代にもわたって、様々な問題とつき合っていかなければならない。それは例えば、ウチナーンチュにとっての沖縄戦の記憶のように、常に心のどこかに澱のようにへばりついて離れないものだ。私たちにも絶対に無関係ではない。
ミチロウさんは、故郷を想い、音楽家の大友良英さんや詩人の和合亮一さんと「プロジェクトFUKUSHIMA!」という、どこまで続くのかしれないプロジェクトを立ち上げた。世界同時多発のフェスティバルを開催し、学びの場を設け、それをダイレクトに発信していくものだ。そのとっかかりとして8月15日に、大規模な野外イベントが福島で行われる。ホームページには、会場予定地の放射線量測定の数値が定期的に公開されていて、被ばく量を積算、考慮した上で参加の判断をするようにと最後に記されている。
6月の終わり、ミチロウさんと話をしたとき「関心をもってもらうことが一番」ということだった。同時に「忘れられるのが怖い」とも。様々な場面で戦争のことが語られるとき、どこかで過去のこととして目や耳を背けてきた部分があったかもしれない。でも私たちが生きるリアルワールドで起こった今回の災害/事故に目や耳を塞ぐわけにはいかないのだ。新しい世代にいろいろなものをバトンタッチしていくためにもね。
普段、沖縄へのツアーではどこかのんびりした様子もうかがえるミチロウさんが、今回ばかりは実にいそがしく携帯でメールのやりとりをしているのが印象的だった。
続いてやってきた、HEATWAVEの山口洋さんは、目に見えない疲れを身にまとっているように見えた。(相変わらずの感じではあるんだけど…)彼もまた震災や原発の事故と、がっぷり四つに正面から向き合っている。自身のバンドHEATWAVEは、フランスのファッションブランドChloe red(クロエ・レッド)のタイアップで被災地を支援するために「MY LIFE IS MY MESSAGE」というプロジェクトを展開している。チャリティライブの収益や、オフィシャルグッズの売上を被災地に届けている。相馬市の森田さん(モリタミュージック)にラジカセを届けたり、ガイガーカウンターを手に入れたり、ここ数ヶ月の山口さんのブログをみると、そのフントーぶりはあまりに凄まじい。少々、疲れていたってしょうがないのだ。
彼は、アンコール最後の曲に『満月の夕』を選んでくれた。(福岡の先輩方に「この曲ば全国で歌わんば、博多湾に沈める」と言われたそうです)1995年、阪神淡路大震災をきっかけに作られたこの曲に救われた人が、どれだけいるだろう。東日本の被災地に新たな活力や勇気を届ける音楽が、届くことを願う。
7/10に桜坂劇場で公演を行った、畠山美由紀さんは、津波で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市の出身だ。彼女の家族は震災から約1週間連絡がとれなかったそうだ。その消息を尋ねるつぶやきがリアルタイムでtwitterに書き込まれていたので、無事に見つかったと知った時は嬉しかった。そして彼女もまた、気仙沼出身者として自らチャリティイベントを開催している。
ライブの終盤、跡形もなくなった故郷に胸を痛めて書かれた詩「わが美しき故郷よ」の朗読とそれに続いて歌われた「ふるさと」は、どこか心の深い場所を揺さぶられるような気分がして、いつしか自分の故郷の風景と想いを重ねていた。
音楽と人がつなぐ、震災被災地と原発事故の現場。忘れないために、常に見続けるために、音楽とそれを紡ぐ人の力は、これからさらに重要になると確信している。
■「プロジェクトFUKUSHIMA!」http://www.pj-fukushima.jp/index.html
■「MY LIFE IS MY MESSAGE」http://mylifeismymessage.info/
p.s.
そういえば、この3人(組)は、沖縄本島だけでなく、石垣島まで足を伸ばしてライブをやってくれたんだった。遠い南の島で、エネルギーをしっかりとチャージできたみたいで、とても嬉しいっす。http://no-regrets.jp/wordpress/?p=2184




